ふくろうの知恵袋です。
宇宙のプログラミングについて、本来はもっと複雑で個人個人によっても絡み方が違うのですが、それを書いていくと分かりづらくなってくるので、ふくろうさん式に大まかに説明します。
次元というのは本来あるようでないんですが、簡単に図のように表すことができます。
一番外側の波が10次元、外側の○が9次元、、、順番に内側へと続き、中心点が0次元になっています。
フラットアースの動画や地図を見たことがある人がいると思いますが、今の地球が真ん中にあって、外側に2重に世界がある。その世界の間は氷や岩みたいなもので仕切られていて、自由に行き来できない。
現在あるこの宇宙は10次元から3次元まで。
まだそんなに長い時間が経っていない若い宇宙。
最初は点、の状態から始まり、点の周りに10次元の輪が広がる
次に、10次元の輪が波に移動し、9次元の輪が生まれてくる。
そうしてしばらくした後、次のイベントで、その内側に8次元の輪が生まれ、それが波になり、7次元の輪になる。
そうやって10次元から現在の3次元まで、イベントが起こる度に中心へ向かって移動している人たちが、選ばれた民と呼ばれる本当の日本人の魂を持った人間たちだ。
彼らは次元を下げていった。
しかし、10次元、9次元、それぞれの次元に移動せずにそのまま留まる者がいる。
10次元って無限大なんだけど有限でもある。
孫悟空の話でお釈迦様の手の中にしかいない。
最後の輪はお釈迦様の最後の部分。
中の本人たち、孫悟空は無限大だと思う。
無限は有限であり、有限は無限である。
そこには2元性も何も存在しない。
有限と無限が交差している螺旋の状態。
意識という意味においての有限。
最近の子ども達が3重螺旋、4重螺旋かと言われると、宇宙全体が2重でいっていた。
高次元にいる者達は、次元を下げていく者達を見て「そんなにレベル低い世界にいって、馬鹿だな。俺らのこの世界が、断然素晴らしいのに。このまま留まればいいのに。」
しかし、高次元体や宇宙人などはお釈迦様の手の中にいることが今やっと分かった。
無限というのは有限だから、10次元、9次元からはどこにもいけないことも分かった。
「次元を下げる世界に行くなんて愚かな」と思っていたが、現在のイベントが起こり、最終的に0点から抜けてレムリアのエネルギーの袋に行けることが分かったのだが、もう時すでに遅い状態。
イベントが起きる度に次元を下げてった日本人の魂たちは、最終的に0次元の点へ向かう。
点へ向かったらブログ帰郷の中に書いてあるレムリアのエネルギーの袋へ一旦帰る。
すでに帰っている人々もいる。
帰ったら、その者達は再度別の中心点を新たに作り、新たな宇宙を創っていく。
そこの世界は一体どんな世界になるのかは、その者達の想いによって変わってくるので分からない。
新たな宇宙を作ろうとしているもう一つの線。人間の螺旋。
人間は宇宙の縮図と言われるゆえんである。
世界の縮図は日本。日本の縮図は人。そういう風に縮図のの極限は点に戻っていく。それが極限の真理である。
高次元にいる、宇宙人や高次元体が一体なにを恐れているのか?
どうして、次元を下げる方へ行ってほしくないのか?
それは、その新たに作った宇宙が、今我々のいる宇宙の10次元、9次元などに干渉してくるのではないか、我々は消滅させられるのではないか、ということを恐れている。
だから、スピリチュアル系での発信に多いのはアセンション、次元上昇、という言葉を使う。
それによって、多くの者達を再度4次元、5次元へ引き戻そうとしているのだ。
今起こっているイベントでは、ある者達は2次元、1次元、0次元へと向かうのだが、ある者達は4次元、5次元へ向かう。
本人がそれを望んでいるから、望んだままの場所へ向かう。
4、5次元へ移動して行った世界でも、今の3次元の世界と同じように、中心部分はに北極があって誰も近づいてはいけない。外周の南極の氷の壁へも近づいてはいけない、と行かせないように誤魔化す。
こうやって文明が発達することに一体何の意義があるのかというと、実はたいして意義はない。
幸せとは何かという部分。
文明があるから幸せかというと、幸せは感じるものだから、農耕だけをやっている世界も十分幸せ。
我々がなぜ動植物を作ったのかを考えさせるために、競馬をやったり、農薬をかけたりして、負の連鎖を体験させて分からせる。
農薬をかけるから悪いっていう話ではない。
こうやって植物を頂くということがいかに大切か、すべてのものに命があるわけだから、大切さを教えるためにやっていること。
今回の場合は、強いて言えば2元性の世界だが、対比を用いないと分からないから。
悪がないと善は分からない。
農薬をかけなければ、植物の大切さが分からないのかもしれない。
でも、次の世界へ行こうとしている場所はすごそこにあるのだから「すべてが大切だ、対比がなくても大切だ」と分かるエネルギー体にしておかないといけない。
高次元になっても、そこの部分が分からない。
すべてをフラットにして考えられないから。
そして、例えば3次元にいる者が7次元へ突然行くことはできない。
それをしてしまうと、波長も頭のスペックも違うので3次元のスペックで7次元へ突然向かうと、一生の生き死にすべてを見せられたり、3次元に生きている意味を失い、苦しんで自殺した者もいた。
だから、離れた次元への行き来はしない方がいいのと、基本的にはできないことになっている。
移動できるのは、今起こっているイベント、内側に低い次元が出来るときに、次元上昇して再度元いた4次元、5次元などの世界に戻るのか、それとも0次元に近づくのか。
末法の世界といわれるのは、最後の2,1,0次元が出来上がってレムリアのエネルギー体の袋に戻るからだ。
これで完了。ひとつの宇宙が出来上がって終わりである。
我々が今いるところも3次元(ちょっと違う気もするが、一応そう書いておく)
図のように2次元、1次元が今出来ていく。そのイベントが今起こっていることであり、3次元にいる人々がどこに行くのかの振り分け先は今現在ですに決定されている状態だ。
どこに行くのかは、人それぞれ自由であって想いによってバラバラ。
3次元にいる我々のうち、一部の人たちは出来つつある2次元、1次元、そして0次元へと向かい、図のようにまた別の宇宙の点の状態から創っていく。
一部の者達は宇宙人や高次元体の導きによって、4次元、5次元へ向かう人もいて、再度3次元へ戻ってきて、今の3次元とはまたちょっと違う人類管理下計画、完全にスーパーシティの世界かもしれない。
このまま次元移動せず3次元に留まる人達はというと、安倍や麻生などとにかく悪いことをしまくった人たち。子どもを食べたり犯したり、この世では悪と呼ばれる人たち。
その人たちはこのまま3次元に留まって再度勉強のやり直し。
ここで面白いのが、悪と呼ばれる人たちが勉強しなおして分かった者達は、2次元、1次元へ行く可能性があるということ。
だから、悪も善であると言われるゆえんである。
今、この解説をしていて「自分はどこに向かうのだろうか?」と思うだろうが、意識的にも無意識的にも、この記事を載せた時点ではすでに全員行き先は選択済みであるということ。
実は今年は「時間がない」と俺は常に言っていたのだが、これがそのことだったようだ。
時間というのは過去も未来もないので、自分が10才の頃の自分をもう一度やり直したいと想えば、本人は気づかずに、今までの記憶は消去され、ある日突然10才の自分から始まっていることもある。
太古の原始時代に生きたいと想えば、今までの記憶は消去されて、その時代にいきなり生きている。
あなたはどこでどう生きたいと想っていましたか?
あるがままがいい。
脳が考える事と、心が考える事は違うから。
心の命ずるままがいい。