南米パラグアイに移住したマリです!
今回は、パラグアイに移住して、土地を購入し自分の家を建てることになった心境を書いてみたいと思います。
私の人生の中で、まさか土地を買って自分の家を建てるなんて考えたこともありませんでした。
自分の土地と家と車のために、犠牲になって好きなこともせず、ただお金のために一生懸命働いてくれた親の姿をみて育ってきているので、むしろ、家も土地も車もいらない!
私が子供のころにほんとうに欲しかったものは、家族みんなで「あーだのこーだの」言いつつ手仕事をしながら、ずっと一緒に過ごすことだけだったのでした。(結構、同じような思いを持った子供時代を過ごしてきた人、多いのでは?)
家族全員がお金のためにバラバラになるのなら、家も土地も車もいらない。そんな考え方を持っていました。
それが、子供を出産したことにより、「やっぱり子供のためには借家ではなくて、自分の持ち家がないと、どうにもならないよな…。子供も私も自由にできる土地がないと、好きなことが出来ない。」と考えだしました。
ましてや親戚も知り合いも誰もいない中からスタートする海外生活で、借家で生活するとなれば、大家さんから突然「明日出て行って!」と言われたら、どうにもなりません。(すでに経験済み)
それに、大家さんはいい人であっても、その親戚がうるさく口を出してくることが多く、じわじわと圧力をかけてきて、追い出しにかかってくることも。
精神的にプレッシャーがかかってくると、ほとんど完治している私のうつ病のスイッチが再度入ってしまいます。
旦那いわく、日本の田舎も同じみたいですが、海外の田舎もそんな感じですね。
大家さんへは借家で、月々家賃収入が入るからいいだろうと思ったら、違うらしい。
家を綺麗に直せば「のっとられる」だのなんだのと言われます。
子供にはこういう思いはさせたくありません。
私や旦那は予想外のどんな辛い状況でも、いつも通り慣れてしまって耐えられても、かわいい我が子たちにもこういう同じ思いをさせたくない。
自分らしく好き勝手に生きてほしい、ただそれだけ。
そのためには、自分の名前の土地と家が必要だった、というわけです。
「好き勝手に生きる」これは、今の日本では許されないことになっていませんか?
「わがまま」も、日本ではいけないこと、と考えられていますよね?
私も旦那も、「好き勝手に生きて何が悪い。それが個性というものにつながってくるんだ。」という考えを持っています。
今の日本では、それができない。自分の名前の土地と家を持っていても、他人の顔色を常に気にして生きなければなりません。
でも、パラグアイではまだ、日本よりかはまだ、マシな方だと思います。
日本での生活ほど、他人と同調しなければならない訳ではありません。(しかし、それも学校教育によって、同じ事をしなさいと強要してくる人も、年々増えてきているようです。)
だから、自分のユートピアを作るために、ドイツやスイスからの移住者も多いのかもしれません。
ドイツ人やスイス人の話を聞くと、自国の状況は日本と変わりません。
生活費が高くて住みづらい、自然が少ない、道路はみんなアスファルトで固められている、仕事があまりない、病院や薬が大好きな人が多く自分の自然治癒力を信じない、政治が間違った方向にいっているなど…
「そんな魅力をなくした発展途上国とは、おさらばじゃ!あとは勝手にやってれ」ってな感じで、出てきた移住者たち。
全員が全員そういう移住ではないですが、ドイツ人やスイス人の話を聞くと、かなり多いですね。
わたしも、同じ意見なので、ドイツ人やスイス人とは話が合うことが多いです。
私の土地と家は子供たちのため、だけではなく、同じような思いを持っている人たちのためにもなればいいな、と思っています。
自然と共に好きなことをして暮らし、平和で安心、安全な場所ができればいいな、と考えています。
自給自足もそのひとつです。
自給自足って、憧れる人も多いでしょうが、すべてのものを自分で手作りするので、頭がよくないとできません。
私たちは自給自足を目指しますが、最初は水道と電気は通します。
その後、徐々に勉強しながら自分で発電したり、井戸を掘ったりしようかなと、計画しています。
徐々に自給率を上げられるように、そこでの暮らしに慣れていくようにしないと、いきなり全部なにからなにまで自給自足を始めましょう、では不器用な私にはきついです。
少しずつ勉強していきます。そして、この暮らしの勉強は死ぬまで続きます。
暮らしに関する勉強って、学校の勉強はほとんど役に立ちません。
生活の知恵を教えてもらいたかった。でも、そんなこと絶対に学校では教えませんよね。
試行錯誤で大変ですが、とても楽しみです。
家をどうやって建てようか、、、
移住当初は土地が見つかったらテントを張って、自分たちで開拓しながらコツコツと家を建てようと夢見ていました。
旦那は建築屋だし、私も沖縄で一緒にペンキを塗ったり、家の改装を手伝っていましたから、何かを作るのは大好きです。
しかし、現実はそうもいきません。
旦那と私の2人だけだったら、テントだけでどうにかなる(結婚する前に大東島や沖縄の海辺でテントを張って暮らして楽しんでました)のだけれども、今回は子供2人をかかえているので、たまーのキャンプならばいいけれど、いきなり長期でテント生活を始めるのは厳しいことが判明。
そう、私と旦那は家よりも、テント派。テントは思ったよりも温かいし、テント生活最高ー!って感じ。
でもパラグアイは蚊や他の昆虫たちも多いし、寒暖の差が激しく、年中日差しもきつい。
私たち夫婦だけだったら、いくらでもどうにでもなって、テント生活を楽しめるけれど、1歳児を連れてのテント生活は断念しました。
テント生活をしながら、下の子1歳児の面倒をみながら、旦那と2人で家を建てる…もう、私のできる容量を軽く超えています。
器用な人間ならできるのだろうけれど、私は要領の悪い不器用派。
ひとつのことをじっくりやるタイプで、2つ以上の事柄を考えたり、行動するのは不可能な人間だったのです。
とりあえず、母屋だけを地元のパラグアイ人の大工さんと相談して、建ててもらうことにしました。
その後は、引越してから自分たちでゆっくり楽しみながら増築していくことに。
いいなーと思った土地が見つかったと思ったら、話が流れる…を何度も何度も繰り返し、大工さんと建てる家の計画を練り、レンガの数や作業代の見積もりなどをすべて出してもらいましたが、どうしても土地だけが決まらない!大工さんも土地探しを辛抱強く協力してくれました。
何名か土地探しに協力してくれたものの、土地の書類の不備が続き、話が流れてしまうと、その後も土地探しに根気よく付き合ってくれる人はいませんでした。
なにせ、土地が決まれば、この大工さんに家を建てる仕事が入るもんだから、そりゃあ一生懸命土地を探しますよね。
この大工さんの腕はどうなんだろうと気になり、知り合いに聞くとこのパラグアイ人の大工さんなら大丈夫、だそうです。もう一件の方は全然ダメらしいそうだが。