我々が想うことは小さなことじゃないんだ

ふくろうの知恵袋のひとりごと

ふくろうです。

今我々は時代の岐路に立たされている。

今回の世界コロナ劇場はまさしく国家の崩壊を示唆する事柄だ。

もはや、国単位で維持することが難しい時代になったのだろう。

理由の一つに、物流・流通のこの機構がグローバル化になり、もはや国単位で物を動かすことが限界になったためだ。

皆さんよく考えて欲しい。

今の物の流れでは、まず一つはそれぞれの国の自給率ということを考えていくと、自国で補おうとしても間違いなくどの国も半分は外国依存になっていくだろう。

それは外国に対して依存するのではなく、経済(物流・流通)がもはや国単位だけで動く代物じゃなくなったという事の表れだ。

地球全体を動き回る、巨大な怪物になってしまったのだ。

それを支配者側もどうすることもできなくなってきた。

勝手に動き回る生き物のようになってしまったのだ。

それは今の流れが支配者側の手の中から流れているのではなく、我々一般庶民の所を流れている状態だからなんだ。

でもそれに気づかれては支配することが不可能になっていく。

何とか一般の庶民にこの事実を伏せなければならない。

まずそのための方法論として株の偽操作だろう。

もはや、今の株をみていると、どんな素人が見たってこれはおかしいと思える状態が続いていますよね。

これだけ世界中でロックダウンだとか色んなことがあって、丸1年。

ろくに経済を動かさないで、株だけは維持できる。

そんなに我々は消費したのだろうか?

そして、今回の野菜の高騰。

あれ?ちょっと前まで野菜が余って勿体ないだとか、なんとか活用できないだろうかとか、そういうツイートがあったはずだ。

なのに、マスメディアのニュースでは野菜の価格が上がっていることになっている。

これはどういうことなんだ。

もう「ありがとうございます」という状態だ。

俺らに教えてくれている。

善側がわざとにこの状況を作ってくれているのかなと思うくらいだが、私は半分以上善側もこの状況を作っていると思いますよ。

我々にとって不利な事、悪いことって単純に思うことは「すべて悪側がやっているんだ」と思いがちだけれど、どうもこの流れは半分以上は善側がやっているような気がするんだよね。

その一つが今回の野菜の話にしてもさすがの一般庶民もなんか変だなと気づくことをわざとにやっている気がする。

話を戻しますと、我々は学校で需要と供給に基づいて価格というのは決められるんだという洗脳教育を受けてきましたよね。

ところが私も農業をやってきて市場に何度か大量に野菜を出したりした方ですが、最低金額大根一本一円。

これじゃあね、ガソリン代にもならない。袋代にもならない。

運べば運ぶほどかえって赤字になってしまう。

「さすがにこれはおかしい」とその時自分なりに思って、野菜は市場には通してはいけないものなんだとその時に気づいた。

そして会員制にして、会員に野菜を販売する。

とにかく農業理論として物をたくさん作ればもうかるというバカな理論がある。

そこを自分は大きく変えていった。

今の農家は専業農家が多いわけですね。

そうすると一人のお客さんに一個のものを買わせたら終わる。

これが今までの農業の考え方。

でも、自分の農法は50種類以上の野菜を作るというやり方でいった。

俺が考えたのは1人のお客さんが50個、100個の物を買ってくれれば50倍100倍になると考えた。

1人の客に対して50個、100個売って、会員をどんどん増やしていけば今の農家は十分維持できるんです。

この単純な計算が農家の方にはできないんですな。

っていうか今の都会の勉強した方にもピンとこない話じゃないかと思う。

価格を決めているのは市場であって、決して需要と供給のバランスではないということだ。

仲買というものを作って、それで物の流れを調整する。

これが今まで言われてきた理論であったが、それは何の理論なのかというと金もうけ理論なわけです。

でも我々にとって、物というのは安ければ安いほど当然いいわけですね。

一時期「デフレでは崩壊するから、いかにインフレに持っていくか」と言われていたが、あれは大嘘です。

経済は金なんだという理論があるから、こういう考え方がある。

物が安く流れるようになれば、お金がたくさんなくても暮らしていけるようになる。

すなわち私たちは物の金額に対して、それ相応の労働が必要であるという考え方をしてきた。

ならば、物がたとえばキュウリ1本が5円であれば、我々の労働は何万円もいらないことになる。

1000円から3000円単位でいいということになる。

ところがその単位になると支配者層が儲からず楽しいことができない。

金が集まることが幸せと思っている連中にとっては、それをやられちゃ困る。

一般庶民が平和でいい暮らしだねと思われちゃ困る。

とにかく欲にまみれた人間たちになってもらわないと困る。

その一つの方法として物の値段を上げて、値段分働かなければならないと言われる。

そこに今の人たちは気づくべきだ。

決して需要と供給のバランスで価格を決めているのではなく、市場で勝手に決めている。

仲買人も一緒になって市場で価格を決める。

それに翻弄されているのが農家だ。

価格として、例えばレタス1個100円で売られているとしたら、農家に入る金額は1個20円くらいのもんですよ。

じゃあ8割から7割はどこにいっているのか。

半額は仲買でとられているのは間違いない。

だから、今の状態で仲買を外すと間違いなく世の中全体の価格が半分になることは間違いない。

全ての分野においてね。

でも、ここで読んでいる皆さんの中には「仲買がなければ不都合が起きるのでは」と不安が起こるのは、それも洗脳です。

確かに物を売るのに当然その仲買の人間たちは要る。

だけど、それを役割としてとらえていけば、この世の中は大きく様変わりする。

物を生産する役割。

物を売る役割。

物を動かす役割。

役割として我々がとらえていったときに、そこに国や介在する団体等は不必要になっていくわけだ。

何回か私が言っている「流通・物流はすでに我々の手にあるんだ」

これを自覚した時に大きく時代は動くんですよ。

時代を動かすときに決して革命は必要ない。

そこに必要なのは我々の自覚なんだ。

それを皆さんは深く心に刻み込まなければいけないでしょうね。

我々が自覚したときにこそ、世の中は大きく動くんです。

そして変化するんです。

「自覚」こそ我々にとって最大なる武器であるということを、我々は自覚していかなければならないでしょう。

そして、我々はこれから国単位ではなく、村単位で生きていく。

それをネットワーク化し、デジタル国家みたいなものを作り上げていけばいい。

国家がいなくなる警察がいなくなると犯罪が不安だ。

なら自分たちで自警を組めばいい。

パラグアイにきたとき、こういう話をきいた。

ある人「日系人の家に泥棒が入った。我々は銃を持って100人で犯人の家に押し入った。」

俺「警察じゃないの?」

ある人「警察なんてあてにならない。警察なんて動かない。」

これから村単位で動くのなら、これが起こってくる。

「我こそがとっつかまえに行ってやる!」

そんな人間はたくさんいるよ。

自分が今目指したいのはデジタル国家でしょうな。

今はもうこのネットワークが十分進んでいるわけだから、このネットワークを利用していけば村単位で生きても地球全体規模で生きているのと同様な現象が起きてくるでしょう。

そして、皆さんがもうひとつ自覚しないといけないのは、とにかく皆さんが望んでいるのがリーダーだろう?

ひっぱってくれる人間が出てこないか皆さんは期待しているだろう。

でもこれからリーダーはでてこない。

まとめあげる人間、いわゆる長老は出てくる。

長老、長は決してリーダーではない。

要するにまとめ役です。

そこには上も下もない、皆一律の世界。

各自が役割を負い、役割を遂行していく。

そんな時代。

これからの地球は私が予測するのは、この世界が訪れるだろう。

これは早いか遅いかは皆さんの自覚にかかっている。

人の事はどうでもいい、まず自分がそれを自覚していくことがとても大事だろうね。

100人の人間が、これを自覚する。

今このブログを読んで100人くらいの人間なら、自覚できると思う。

100人の人間が自覚したら、多分10万人の人間が同じことを考えていくことになるでしょう。

といううことはこのブログの記事を読んで「よしじゃあ、やってみようじゃないか!」と思って、100人の人間がやってくれたら、10万人の人間が同じ感覚になる。

統計学も信用ならないが、統計学からいくとそうなるようだ。

1000人の人間が想ったら100万人の人間が同じことを想っていくことになる。

これはすごい数字だな。

じゃあ、100万人の人間がさらに思う。

そうすると、100万人の人間が今このブログの言ったことをなるほど、と思ってくれたら地球規模で変わるということである。

今100万人の人間が思うかどうかがポイントで、100万人の人間が想ってくれれば、だいたいの人類がこれを自覚することになる。

10億人って数字がでてくるが。

10億人の人間が同じことを考えたら世の中か完璧に変わってしまうよね。

まぁこういう摩訶不思議な統計学も、こういうものは逆に我々は武器として信用して取り入れてしまえばいいわけですな。

だから、決して我々が想うことは小さなことじゃないんだってことを私は言いたい。

そこのところを洗脳されすぎている。

あなた方一人一人は無力だ。

何もできないと洗脳されてきた。

それこそ、支配者側が一番怖がっていること。

その真逆なんだ。

一人一人が認識し行動することは怖い事だと、支配者側が言っていることに皆さんが気づけばいいだけのことだ。

とにかく今の人たちはせっかちで、目に見えているものが動かない限り不安になっていくものを植え付けられているんだよね。

自分が見えている世界って言うのは畑、山、自然が見えているんだけれど、そこにはかすかな変化しかみえないのだ。

それはあくまでの視覚に基づいての変化であって、心でもってその風景をみたときに大きく変わっているのは感じ取れる。

皆さんのツイートを見て、感じるのがその感じ取り方が非常にへたくそだ。

そして、感じ取っているのにその教育でもって自信のないように思わされるんだろうね。

不安に不安にって想っていけと思わされているので、安心できないんだろうね。

でもそれは違うよ。

自分がこれだけコロナ状況でひどいと思っても、皆さんも目を閉じて世の中をじっと見てみると、どうも今のニュースと違うものを感じ取れると思いませんか。

コロナでひどい状況だと思わされているだけじゃない?

もっと自分の周りからみていけばいい。

すなわち、どんなにマスメディアで戦争なんだとあおっても自分の周りが平和なら、戦争は起きていないという判断をすべきだ。

皆さんの周りって平和だよね。

皆さんの周りで戦争が起きたのを見たことある人いますか?

これが支配者層がやっていることですよ。

だから、テレビで「どっかで戦争が、テロが、爆発が」って言っている。

事足りずに車で高齢者が事故で車で突っ込んだ、殺人事件だ。

いい事はマスメディアで流さないようにし、世の中はひどいんだと植え付けるために絶えずニュースで流し込む。

こうやって洗脳されているんです。

俺のやったことは、1週間くらいテレビのニュースから離れた、テレビをつけても、ニュースになったらチャンネルを変えて映画をみたりした。

久々に改めてニュースをみてみると、ものすごい違和感がある。

いきなりテレビを壊せと言われても、習慣上そんなことできない。

ニュースが始まったら他のチャンネルに移すってことをして、1週間くらいしてから、ニュースを改めてみてみると、ものすごい違和感が起きてくる。

その違和感が本当の世界なんだ。

さぁ、皆さん、このマスメディアによって創られた劇場、映画からもういい加減抜け出しましょうよ。

そんなに難しい事じゃない、今みたいに1週間離れたりするだけのこと。

我々の思考で世の中が変わるんだと改めて考える時がきているんだよ。

自分たちの思考で世の中が変わるんだと今までのブログでも言い続けてきたけれども、今回あえて現実論として少し言ってみた。

それを皆さんもう一度、自分で教育があるのだから、よく考えて前に進んでほしい。

自分で試行してほしい。

そうすると世の中はそういうものになっていく。

これは私が最近確証していることだ。

さぁ、皆さん考えましょう。

想いましょう。

これが我々の改革だ。