雲さんとの会話

*新天地開拓日記*

 

最近は夏になったみたい。

とっても暑いです。

そういう日になると分かると、涼しい早朝しか外仕事できません。(旦那は40度になっても外で仕事してますが。普通ならぶっ倒れますのでやめたほうがいいです。)

早朝は各家庭で水があまり使われていないため、水量が多く、水まきにはもってこいです。

水をまいてから、草取りや耕したりするのだけれど、珍しく雲が面白いので、写真をとりました。

小さな雲の塊がポンポンと空いっぱいに広がっていて、まるで雲の群れが通過しているみたいです。

空の青さも、澄み渡り気持ちのいい色をしています。

これが、ひとたび飛行機が通過すると、空全体に薄い雲がかかったような、どこか気持ちの悪い感じになり、その日から数日の夕日と朝日は真っ赤になり、パソコンやテレビの電波の感度が格段に良くなり、ケムトレイルをまかれたな、ということが分かります。

最近は飛行機が通過しないので、すっきりとした青空、そして雲の形がケムトレイル散布後みたいにぼやけることなく、はっきりとした雲の形がみれます。

「あれはクジラさんだね。」「あれは鳥さんだね。」と、一つ一つ雲の形を見て楽しんでいると、娘が突然雲に向かって、

「雲さぁーん!形つくってくれてありがとうー!」

と叫びだしました。

その言葉を聞いた瞬間、旦那が言っていた「雲もひとつの生命体だよ。我々も最初の頃の魂は雲になったり、石になったりしたことがあるんだよ。」という言葉を思い出しました。

そして、娘のその言葉を聞いて、とても感動して、「素敵だな」と思いました。

他の人は「何言ってんだ?」って感じかもしれませんが、雲に向かって「ありがとう」と言う子供って、今時いるんだろうか、って考えると、とってもレアな子供だと思います。(単なる親馬鹿と言われればそれまでですが)

子供たちは健全に育ってるなー、と実感しました。

この広い空をさえぎるものは何もなく、さまざまな野鳥が行き交い、面白い鳴き声が聞こえてきます。

昆虫の種類も多く、自然に接していると、自分の感性が磨かれていく感じがします。

家が落ち着いたら、そろそろ絵でも描こうかな・・・、ウクレレを弾こうかな・・・という気になってきます。

行きつけの八百屋さんのおばちゃんが、植物の苗を販売している場所を教えてくれたので、行ってみました。

門は開いているけれど、誰もいなくてウロウロしていると、隣の薬局から女の人が出てきて、どうやら薬局と兼業しているみたい。

果物の苗が欲しいと言うと、今あるのは大きい実がなるマンゴーだけ。何の苗が欲しいか注文くれればいつでも用意するとのこと。

とりあえず、マンゴーの苗を見せてもらうと、接木してあるので、早く実がなる・・・はず。

他には、日本でもよく見かける観葉植物がたくさん並んでいる。

中でも私のお気に入りと言いますか、趣味は多肉植物を集めること。

日本にいたときも、興味を惹かれて、数種類の多肉植物を集めていましたが、パラグアイにきたら、こっちが原産だったの!?ってくらい、ものすごい種類が並んでいます。

集めだしたら、止まらなくなるんだけれど、ぐっとこらえて大人しく3種類だけ購入しました。

日本で流行っているエアプランツは、植物園には売っていなくて、そこらへんの木にくっついていて、家に持ち帰ってまで愛でるパラグアイ人はいないようなので、いくらでもあります。

パラグアイは寒暖の差が激しく、環境は厳しいけれど、動物や植物、自然が好きな人には、楽園としか思えません。

こんな幸せが待っていたなんて・・・やっぱり人生の波に乗って、自分の直感を頼りに選択してきた自分は間違ってなかった。

そして、幼少期から20代前半まで苦しかった暗黒時代の過去の自分に「こんな幸せが待っているんだよ」って教えてあげたかったけれど、暗黒時代を経験したからこそ、今の幸せを感じるのが高まったのかもしれません。

パラグアイ生活でのトラブルをいろいろと書いているけれど、そんなことなんて、日本で暮らしていたときの苦しみに比べれば、ちっぽけなものです。

好きなことをして好き勝手に生きるのが人間である。

と、私は思うのです。

でも、今の日本ではそれが許されませんよね。

それぞれの人間には産まれてきた使命や役割があって、性格も考え方も千差万別。

だから面白い。

だからって、不調和にはならない。

人それぞれに役割があるんだから、それぞれが得意なこと、好きなことをしているだけで調和が産まれてくる。

むしろ、苦手なことや嫌いなことを努力して頑張って克服する方が、不調和がうまれてきて、心や体の問題が出てくる。

昔の私は「頑張ること=正しいこと」と思っていたけれど、心と体が不健康になってきて、苦しみがうまれた。

今の私は、頑張らないこと、力まないこと、苦手なことは克服しないで「自分は苦手なんだ。できないんだ。」と認識して、それが得意な人にやってもらうことを覚えました。

それは、ズルでもなんでもない。

今度は私が得意なことをやればいいだけ。

欠点がある=駄目な人間ではない

誰にでも欠点はあって、駄目な人間なんてどこにもいない

私たち自身が神様なのであって、目覚めればなんでもできる。

自分自身をいじめたり、責めるのをやめよう。

昔の私もそういう心の癖があったけれど、今はもうなくなりましたよ。

自分を責めなくなったら、周りの人を責めることも少なくなってきました。

誰もが神様の一部だから、目覚めればなんでもできちゃう。

私は、目覚めている最中・・・みたいです。

そういう目覚めの時代に入っているようなので、同じように実感しておられる方も多いのでは、と思っています。

黄金時代到来が嬉しいです。