ふくろうさん的国家論①

ふくろうの知恵袋のひとりごと

ふくろうです。

国家論を論じることは、タブー視されてきた。

が、とうとう論じなければいけない時がきたようだ。

国とは何か。

何のための国なのか。

我々にとって国家は必要なのだろうか。

これを論じることによって、それこそ我々の生活様式が、ごろっと変わってしまう。

さぁ、どこからいこうか。

まずは全体図からかな。

南米では一年近く干ばつが続いた。

日本なら、大パニックだろうな。

日本だったら、まずマスメディアがこれ幸いと思い煽りまくるだろう。

そして野菜が高騰し、それに便乗して他の食料品もどんどん値上がりしていくだろう。

仲介者はどんどん儲かる。

それを上の層が吸い上げ、お金の亡者共がウハウハ。

すでに、お金が人生の者たちが国を動かしているのだから。

元々国というのは人々の為に出来上がったものだ。

簡単に中国の歴史を振り返ってみるのだが、現存する資料としては中国が一番古い状態になる。

↓簡単に歴史図↓

〇初の王 有巣氏(ゆうそう) ⇒ この頃の地上では百獣が横行していたので、樹上に巣をかけて住む事を人々に教えた。

〇スイジン氏(漢字が出てこない) ⇒ 「火食」を教えた。

〇「八卦(はっけ)」 伏義氏(ふくぎ) ⇒宇宙において人々の存在を教えた。そして、図式と陰陽を八卦に描いて教えた。

〇神農氏(しんのう) ⇒ 医薬。薬を広めた。

〇ケンエン氏(またの名を黄帝といった) ⇒ 社楽婚姻。約5000年前位の話。

ここから、中国5000年史が始まった。

親子妻兄弟の別も定かでないので(他人も親子も一色単だった)、法を定め、秩序を設けて人の道を教えた。

5帝が産まれる。

少昊(しょうこう)・せんぎょく・髙辛(こうしん)・唐堯(とうぎょう)・ごしゅん

そして、歴史が幕をあけた。

王朝が登場。

治水に成功したウ王 ⇒ 夏の王朝を築いた。400年続く。

湯王(とうおう) ⇒ 商の王朝(殷ともいわれた) 36代600年続く。

その最後が紂王(ちゅうおう)紀元前11世紀・3000年前。太公望で有名になる「周」が誕生。

*中国漢字なので、漢字変換が出てこないものが多数あります。

このように歴史を振り返ってみると、一番最初の国家としては人々に、住む所、食べ方、薬、そして、人間として礼儀を持ちなさいと、いうことをまず教える。

人が人らしくなった時にいよいよ中国の5000年史が始まったわけだ。

その時に簡単な秩序、すなわち法を初めて制定したわけですね。

その法というのは非常に簡単なものでした。

例えば、むやみやたらに人の奥さんをレイプしてはいけませんよとか、人間として当たり前のことをしなさいよっていうのが一番最初の法でした。

だから、最初は法というよりも道徳だった。

そしていよいよ、太公望の周が誕生して、国らしくなっていく。

この周というのが秦の始皇帝の時まで一応続くわけです。

その間何百年にわたって戦国時代が始まるんですね。

私が歴史を勉強して「この戦国時代は一体何だったんだろう」と考察してみると、要は演劇なんですね。

お互いに戦争をしても、武将同士が戦って負けると兵隊さんは全員逃げちゃう。

人数だけは何十万人だとかいるんだけど、結局戦うのは馬に乗った武将同士の戦いになるわけなんだよね。

あまり兵隊同士の派手な戦いはしないで、なんとなく領地をとったりとられたり、話し合いで「こっちの領地をやるよ」とか、ここの「領地をもらうよ」とか、「じゃ、戦争おわり~」っていうのが、何百年も続いていた。

そうすると、それぞれの国の官僚たちが悪いことを考え出したんだよね。

一般市民から賄賂を貰ったり上手いことを言って、土地を巻き上げたりしたものを全部自分の懐にい入れる。

こういうことが何百年も続いていて、一般市民は疲弊していた。

元々一般人にとっては、国というのは別に必要なかったわけだ。

自分たちで自治体を組んで、例えば道が土砂崩れで通行止めになったら、隣の部落の者たちと話し合って共同で道を開通させる。

食べ物が足りなくなったら、お互いに情報交換をして食べ物の交換する。

衣服も自給自足だよね。

だから、国家というものが別に必要なかった。

たまに強盗みたいな悪いのが出てくる。

それはそれで自警団を組んで、暴力的な人間が勝って出たり、そういうことに得意な人間が表れてくる。

その程度なので、自警団だけで十分済んだんだよね。

そこに国家というヤクザの大親分が暴力や力を使って税金をよこせと言ってくる。

一般庶民としては今までのような強盗の規模ではない暴力には勝てない。

国っていう大きな単位。

どうしてもそれに対抗するためには、相当の命の交換が必要になってくる。

そこで、話し合いをもったわけだ。

国「国家に税金を払えばあなた方の生活は保障するよ。他所からくる盗賊は国が守るよ。」

庶民「わかったよ。一般庶民は税金は納めましょう。でも我々の生活には関与するなよ」という状態が、長い事続いた。

でもそれを今の歴史で解き明かしてしまうと、国家というものが廃れてしまう。

すなわち国家の権威がなくなってしまう。

そこで、孔子様ご一行様の儒教家が歴史の改ざんに入る。

とにかく「国家というものは礼儀を重んじ、義理、人情そういうもの全部ひっくるめてすばらいものなんだ。それに従うのは一般庶民の義務なんだ」

こういうような感じで歴史を作っていった。

だんだん後の者たちは「そんなものかな」ってなっていくわな。

結局戦国時代でいい加減適当な事ばかりやっていて、一般庶民が疲弊していたのを秦の始皇帝が見て、初めてここで動き出すんですね。

彼は非常に知的で名君ですね。

中国を初めて統一して、人々のために本当に善政を施した皇帝であると。

でも、秦の始皇帝ってなんか悪いイメージもっているでしょう?

それは孔子様ご一行教団がそういうふうに書き換えたからですよ。

秦の始皇帝がいい皇帝であってはいけないんです。どうしても。

それはなぜか?

ここからは私の推測だが、秦の始皇帝はどうも中東から流れてきた人間らしい。

秦の人たちの像を調べてみると、中東っぽいんだよね。

目は青い者もいたみたいだし、髪の毛もどうも金髪まではいかないが茶色っぽい髪の毛もいて、鼻が高く掘りが深いって言う文章もあったので、中東っぽいよなって。

こっからは分からないが、北欧?のイメージもあるんだよね。

だから、混じっていたんじゃないかなって気がする。

そういう者たちに中国を統一されちゃ、中国人としては困る。

漢民族が中国だと思っているので、漢民族以外は中国じゃない。

でも漢民族は頭はいいけれど、力はない。武力がない。

結局、のちに元だとか、チンギスハンも支配したよね。

支配しても行政をやっていかないといけないよね。

その時に行政をやっていたのが漢民族なんだ

今の漢民族、共産党だよね。この祖先がこういう仕事を請け負っていた。

だから、よそ者のチンギスハンにしても力で民衆を抑えていたが、実質的な支配は結局できなかったということだ。

そして、漢民族が考えたのが、今でいう東大京大でなければ官僚になれないっていうような制度を考えついたんだね。

学校みたいなものを設けて、第三試験まであるような、非常に難関中の難関な試験。

この試験を合格しなければ官僚になれない。

そうなると、漢民族以外は教育がないので官僚になれないわけだ。

だからわざとに漢民族以外は官僚になれないシステムを作ったわけだ。

日本の教育の制度は、中国のそれからきたんだろうね。

だから、東大京大行ったものは特別なんだよ。一般人とは違うんだよって感じだよね。

我々日本国民もまんまとそれに騙されて、東大だから頭いいんだねと。

でも東大でも自分の知り合いで、立派に八百屋さんをやっている人いて、皆が皆すごいかっていったらそうではないんだよね。

このようにして、国家を作り上げていったわけですが、秦の始皇帝の話になりますが、秦の始皇帝に多大なる影響を与えたのが韓非子なんです。

韓非子っていうのがこの法というものを用いて、そして官僚を抑え込もうとした。

「賄賂だとかそういうもので私腹を肥やすことをやめさせて、本当に一般庶民のために働くのが官僚なんだよって教えなければならない。その大改革をしないといけないよ」って秦の始皇帝を小さい時から教育して言った。

秦の始皇帝も天才でよく理解して、韓非子の意思を継いで、彼が世界初の法国家を、ローマ帝国ができる200年くらい前に創った。

世界で最初に国家ができたのが、秦の始皇帝の秦帝国だろう。

ただ、表の歴史では明かされていない文明が沢山あるので、ここら辺は話すると長いことになっちゃうので、今回の話は表の歴史を主にして話をしようと思っているわけです。

それは他の文明があるとかないとかっていう話ではなく、「国家とは何か」っていうのを話したいので、表の歴史だけで話しています。

秦の始皇帝がやったことはたくさんあるんですが、秦の始皇帝がやった面白いことはすごい行幸するんですね。

百何十回と、皇帝としては一番あっちこっちに出向いた人。

何しに行ったのかって?

彼は色んな所に行く度に石碑を建てた。

石碑の内容は「今一般庶民の為にこういうことをやりましたよ。こういう法を作りましたよ」っていうのを石に刻んでいった。

ここが秦の始皇帝の賢い所で、何のために石に刻んだのか。

石は後世に残り、紙は改ざんできるからってことで残した。

これも表の歴史には出てこない話。

教科書でも教えないし、これはぜひとも教えるべき事柄だったはずなんだけれどね。

私が言いたいのは、「国家というのはやはり一般庶民の為にあるんだ」ということが歴史でも裏付けられているんだよね。

法は一般庶民を縛るものではなく、一般庶民に悪さをする人を取り締まるために法が出来たっていうのを再認識するべき。

続く

ふくろうさん的国家論②
ふくろうです。 いよいよ現代はどうなんだろうと。 それを考えていくと、我々にとって今国家は必要なのか? 自分も何回かツイートやブログであげているが、我々は流通と物流を占めているんだよね。 これは我々民間の手の中にあるんだよね。 なのに、逆に市場や仲買っていう中間層でお金を取ってわざわざものを高くしている。