国家とは何か?

ふくろうの知恵袋のひとりごと

 ふくろうです。

 国家とは何か。17の時からずっと考え続けてきたことだ。

 我々はなぜ生きるのか?

 人生を楽しみたいから生きている。国は豊かの象徴だという。

 そうだろうか?

 文明人らしい生き方。

 文明人とはなんぞや?

 毎日労働する為に食し寝る。労働の為に寝る。毎日朝から晩まで子育てに何十年も自分の人生を費やさないといけない。産まれて五歳にもなれば、学校という刑務所で大した人生を送ってもいない。頭でっかちの先生に監視されながら国のためになる人間にならなくてはいけない。

 そのためには個人の意見(個性)は消して他人の為、それは国の為になることだと教育される(基本子育ては大人数で育てるのが本当だよね。いや、当たり前の事だ)

 国の為。そう国の為に働いて税を納めればいいのです。これが今の現実。でも本当に現実なのだろうか?

 我々は細部に渡り洗脳されてきたわけだから、それに気づけばあっという間に変われる。

 しかし、現代人は怖いんだよね。少々悪くても今のまま。それを望んでいるんだろうな。だから、簡単な事なのに変われないんだろうな。寂しいね。

 国という概念を持っている人とは、遠くなろうと思っている。

 トランプにしても、結局国ありきなんだよね。理想論ではなく、真実論としていえば、国家理論自体が絵空事なんだよね。

 単純に支配したいからだろうけれど、実に、実に低レベルな考え方(ユダヤ)

 私は世界の五色の人間と繋がりたい。国、そして言語。これが戦いを起こす元なのです。

 五つの色を深い穴の中に注ぎ、音(波長)を与えて、物が出来る。三、六、九は宇宙の仕組み。五、七で物が出来上がる。それぞれの数字に役割があるように、地球全人類にも役割がある。

 五百億のマブイ(魂)に役割があるんだ。それを心得よ。それに励め!我々は五百億をひとつにしたいだけだから。

 この先世界がどうなろうが、私はマヤ文明や北米のインディオの生活を復活させようと思う。

 トランプが、プーチンが、どういう形でこようと、国レベルの考え方は変わらないようだ。

 私は根本的に国家を排すべき時期に来たと思っている。まず、給料を考えると、四十万円働いても今の日本は手取り二十万弱。

 そして、毎日買い物するたびに、消費税にガソリン税、○○税と税金と暮らしているようだ。よく文句もなく暮らしているなぁと感心しますよ。

 私はたぶん税金全て入れてみると、十五万円程度かなぁと思いますよ。会計的考えからいくと、一二万円くらいかなと。

 知らず知らず税金で盗られている。巧妙にね。四十万円働いたと思っても、十二万円程度で暮らしているみたいだなもんだ。

 よく考えてみようよ。わずかな金で暮らしているんだよ、ホントは。

 この数字とりすぎじゃない?と思うのであれば言うけど、消費税やその他の税金は間接的にもっと盗られている。

 すなわち、商品ひとつとったって、企業も税金があるから、また法律があるから、値段を上げざるをえない。

 工業簿記から考えると、一つの商品の値段には従業員のトイレで使うトイレットペーパー代も経費として入れる。それを考えると、とんでもなく複合的に税金は盗られているということだよ。

 皆さんもっと見えるところ以外もちゃんと視野に入れて考えてよ。学があるんでしょう?皆さんは。

 何の為の学校だったのか?本当よくこれだけ他人(国など)の言いなりになれるよね。バカらしい。私は自分が一番大切だから、嫌だね。

 相談もこれは自分にかなり影響すると思ったら拒否するよ。何て言われようが構わない。俺は俺だから。

 その私を何の権利があって国は縛るのだ。移動した先、パラグアイも同じだ。私を縛るな!

 「パラグアイにはパラグアイのルールがある」と言う。

 私には私のルールがある!何が間違えているのだ!?俺より上の人間っているの?いるわけないよ。

 神様の方が上だという輩がいるが、笑っちゃうよね。俺の上というものがあるのなら、俺が上ですよ。神様、宇宙人系はある範囲に閉じ込められている状態だからね。

 我々は自由に動けるんだよ。だから、うちらを閉じ込める作戦できているんだろうけど、無理だね。どんどん俺の仲間は増えていっているみたいだから。

 さぁ、四月も入ったことだし、ボチボチ動き出しますかね。ふくろうさんは動き始めましたよ。もうこの世の中の茶番に付き合ってられない。子供じみてレベル低すぎだからね。

とんでとんでとんでとんでー

まわってまわってまわ~る~

 古いけど今ぴったりの表現だ。

 いざ!出動だー!