今の文明の始まり②

今の文明のはじまり

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ふくろうです。

俺は中国の歴史検証が好きだ。

マンデラ始まってから、俺の知らない歴史的有名な人物というのが沢山出てくる。

そんな奴の名前なんか聞いた事ない。

でも、歴史が好きだから、またそれも面白いんだけど。

不老長寿の薬はろうくんたんといって老子が作ったものだ。

彼は仙人の頂点だったらしい。

老子が作った「ろうくんたんという不老長寿の薬があるらしい」という話が世の中に流れたみたいだ。

だから、秦の始皇帝が「その不老長寿の薬を持って来い。それを飲めば死なない。」ということらしい。

秦の始皇帝に命じられた人が、日本にも来たんじゃないかという話も残っている。

面白いのは仙人は周とかの中国文明の始まりの時に仙人の話がいっぱいでてくる。

仙人が秘密兵器をたくさん編み出した。

色々な秘密兵器を創るのに千年かかったり、一万年かかったものもあるそうだ。

仙人とは我々の次元とは違う者だったのではないかという気がする。

たぶん中国の春秋戦国時代あたりに、今の三次元に突入したのではないだろうかという気がする。

今のところはどうもそのへんがくさいなーって感じ。

その前までは人間はもっと超人だったんだろうな。

そして、普通の人間たちもいて、それぞれの世界で別れていったんだろう。

その人間たちも少し長寿だったよ。

仙人の話と聖書の話でも500年生きたとか、色々年齢が合うんだよね。

どうも、その変にありそうだな。

探っていくとみえてくると思う。

そこに今の世の中の秘密が隠されているような気がする。

そして今の文明の基礎を、秦の始皇帝の時に創ったんじゃないかな。

世界で最初に法治国家が出来上がったのが、秦の始皇帝の時代。

一番最初に統一国家を作り、法律を作り、国の基礎を作った。

ローマ帝国なんたらずーっと後の話。

それから約200年後にローマ帝国とかができてくる(歴史がマンデラしてなければの話だが)

これからヨーロッパの勉強をしないといけないのだが、資料がないんだよね。

どこを探っていったらいいのか。

エジプトまでいってしまうしかないみたいだ。

文献としての資料ではなく、全部聖書の話になってしまう。

聖書が歴史の教科書になってしまった。

ところが中国は宗教ではなく、思想みたいな部分で生きていたので資料として残っている。

でも西洋の方になっちゃうとキリスト教が教科書として、歴史書として残る状態になっちゃったので、ある絶対神が絶対である、その奇跡っていう言葉が産まれてくる。

一人の人間がやっちゃったと。

ここで歴史が誤魔化されちゃった。

聖書はそういう歴史を閉ざすために描かれたものなのだろうな。

そういう見方をした方がいいと思う。

これは相当視野を広げないと分からんなー。この三次元の何か秘密があるなー。

今回のこの文明は何かの秘密があって、それを隠すための聖書だっていう事が言えるな。

その秘密を探るためには中国の仙人思想っていうのを探るのが、手っ取り早いような気がするな。

仙人って死なないから。永遠の命があるから。

そしてその仙人が作った、神の国を。

これが中国思想の考え方で、我々が神の国を作ったのではなく、仙人が人間から神という国を作った。

仙人はまた別物。

仙人になるためには仙骨っていって、それがないものは仙人になれない。

その仙骨とは何かっていうのをこれから調べていかないといけない。

人間と仙人って違うんだよ。

仙人って何者だ?

ポイントはここだ。

宇宙の始まりの時、本当の日本人の魂、我々がエネルギー体で存在していたわけだ。

それから、音でいろんなものを共鳴させて色をつけて、いろんなものを生んでいった。

最初のできたものっていうのは、まだ人間ではなく仙人くらいの状態だったんだろう。

仙人とはまだ現実的な今の人間ではなく、まだエネルギーとして存在していたんではないかなと。

ということは、我々が「命とは何か?」っていう部分に切り込んでいかないといけない。

なぜ人は限られた命なのか。

それにより、輪廻転生っていう考え方になったのだが、根本を論ずることをしなかった。

なぜ人は「命に限りある」というふうになったのか?

マリ
マリ

いろんな人生が経験できるから?

なんで色んな人生を送らないといけないのか?

何のために。

経験って何よ。

経験してどうするのか。

仙人は何千年何万年死ぬことがなかったらしい。

でも人間は死ぬんだよな。

魂は死なない。

マリ
マリ

仙人に肉体がなかったってこと?

なかったと俺は思っている。

魂だけだと。

じゃあ、何で話ができるかといえば、お化けも話できる。

そんなようなものだと思う。

この世って何よ。

マリ
マリ

仙人がいたときの世界と別れて、今の人間がいる世界で肉体ができたってことは新しい世界ができたってことだよね。

さっきの不老長寿がポイント。

仙人て死なないのに、なぜ老子は不老長寿の薬をつくったのか。

ってことは人間は有限だから、限りがあるから、人間の為に作ったんじゃないかな。

無限と有限。

マリ
マリ

また元の世界に戻そうとしたのかな。

無限の世界にまたできるか。

誰が有限の世にしたのか。

何の力が働いたのか。

こういう考え方があると思う。

一番最初のレムリアの方でエネルギー体として作っていった。

そして、仙人もエネルギー体、すなわち宇宙人と同じような感じだった。

仙人の知らないところで、エネルギー体のレムリアの袋の中で話し合った。

「無限だけでなく有限を創ったらどうだろう。それを人として送り込んだらどうだろう。」

それで「人であれ」ってことで、今のこの地球が出来上がった。

だから、地球のフラットアースの考え方で、今の三次元の地球が真ん中、その周りにも大陸がぐるっとあって…って話があるが、私はそれを一つの次元みたいなものだろうととらえている。

やっぱり三次元っていう今の地球ってちょうどその中心にあって、その仙人とかが存在している場所は、今ある地球の外側1個目か2個目かは分からないけれど、そこにいる者たちだろう。

そして、その地球の一番内陸の部分(三次元)を有限にしたんじゃないかな。

他の部分は無限になっているんじゃないかな。

だから、宇宙人も皆死なない、何万年も生きているっていうが、仙人と同じじゃん。

そういう面では宇宙人の高次元体もすごいんだよ。仙人並みなんだ。

ところが、宇宙でやっぱり我々が一つのポイントになってきて、我々(本当の日本人)は魂を内側に宿す。

宿したものはいわゆる本社(レムリアの本体)が、直で高次元だとか仙人とかを抜きにして、直接プロジェクトとして人を創ったんじゃないかな。

だから、仙人も高次元体も宇宙人も、我々が何なのか分からないんじゃないかな。

だから、探りを入れているんじゃないかな。

「絶対神は何のためにこんな未熟なものを作ったのか。」って。

その時に今、我々は気づいたんだよ。

実は我々がその絶対神だったんだと。

そして、この絶対神っていう部分を仙人とか高次元の人間は分からない。

ところが、我々の大先輩であるお釈迦様が人としてこの世に生をおびるが、彼は何も言われてなくてもそれを悟った。

「実は我々はレムリアのここの魂体であったこと」に彼が一番最初に悟ったんじゃないか。

「一人の人間が悟ったのに他の人間ができないわけない」ということで、お釈迦様が悟ったから、他の人間たちももっと人間経験する事によって、お釈迦様のようにできるんじゃないか、ということで輪廻が始まったんじゃないかな。

これはもう歴史書には出てこないんだが、現実にそれをお釈迦様の様に悟った人間たちはたくさんいるんじゃないかな。

そしてそれが地球の一番外側にある部分に行く状態。

すなわち10次元くらいに行く状態。

そして、そこでバリアはってそれ以上は仙人や高次元体が行けないように、しっかりと我々の先輩たちがバリアをはっているんじゃないかな。

だから、高次元体とか仙人ってあれ以上伸びしろがないということ。

我々人だけに伸びしろがある。

この10次元体の一番外側の枠に行けるのは、我々人のみだったと。

ここがポイントなんじゃないかな。

一番最初にお釈迦様の様に先に行った時に、今度はレムリアの袋の中から直で新たな世界を創るのではなく、飛び出した我々がお釈迦様を中心に会議をひらいて「新しい世界というものをどういう形で創ったらいいか」っていう話し合いに入っていっているんじゃないかな。

だから今このマンデラを感じている人たちはやっぱり卒業なんじゃないかな。

たぶんお釈迦様もマンデラを感じたんじゃないかな。

山が動いて、寝て起きたら木が生えているぞ。

我々と同じような体験をしたんじゃないかな。

そして「待てよ?何か変だぞ?」と。

それで煩悩に入っていくんじゃないかな。

じっと「これは一体どういう現象なのか。世の中どうなっているのか。」ってことを。

今のマンデラさんたちが悩み考えたことを、たぶんお釈迦様も考えていたんじゃないかな。

「わかった!実はこの世は何も無かった!」と気づいたんじゃないかな。

見えているものは実はそこにはないんだよ。

そこにあるものっていうのは思考だったんだ。

だから、山が動いたり、ぽんと何かが出てきたりする。

俺が言ったように「思考でこの世の中が出来ている」と気づいた。

そこは無だからこそ、思考で音と色を重ね合わせることで物ができていくんだ。

それが分かったら、合格なんじゃないかな。

よくできましたってことで、宇宙人や仙人のさらに上の段階のところにぽんと行けるんじゃないかな。

でもそれは自分が10人いるうちの1人がお釈迦様のところに行くわけで、残りの9人はレムリアの袋に帰るんじゃないかな。

それとも、また9人のうちの何人かはこの世界に残るのか、そこはまだ不明だな。

「自分が何人もいるんだよね」って以前に言ったのは、要するに魂が10人で1つの魂になっている。

他の世界で体験している分身の自分、10人全員が1人のところに来たら、自分の本家(レムリアのエネルギー体の自分)が空になっちゃうから、最低でも1人はそこに残らないといけないから、最大で9人集まってくる。

だから数字は1から9までしかないんだよ。

この数字の1から9っていうのは我々の事を表していた。9人だよって。

今の文明の始まり③
ふくろうです。 実は仙人界のエネルギー体でも結構悪いやつがいるんだな。 女狐のようなやつとか。 そういうやつがこの聖書をつくって支配しだしたんじゃないかな。 悪い事を考えて。